フーリアは、フィリピン・ネグロス島で、両親と八人の兄弟や姉妹と一緒に竹とヤシで作られた家で生活していました。フーリアの生活するネグロス島は、米と砂糖キビの生産が盛んです。フーリアの両親も、水田や砂糖キビ畑で植え付け、草取り、そして収穫の日雇い仕事をしていましたが、収入は充分ではなく、一家は厳しい生活を送っていました。
ご飯と干し魚だけの食事が続くこともしばしばです。
フーリアが村にある保育所に通っていたとき、スポンサーから支援を受けることができるようになりました。末娘のフーリアには充分な教育を受けさせたいと強く願っていた両親は、それをとても喜びました。と言うのも、フーリアの兄弟や姉妹の内ハイスクールに進めたのは一番上の姉だけです。しかし、生活が厳しさを増したため、 姉はハイスクール三年生で学業をあきらめざるを得ませんでした。
幼いフーリアは内気で、恥ずかしがりやでした。スポンサーの支援で小学校に入ったフーリアは、クラスでも消極的で、目立たない少女でしたが、フーリアは学校生活をがんばって続けました。
フーリアがハイスクール一年生になった時、大きな転機がおとずれました。
スポンサーシップ・プログラムを通して行なわれる演劇活動のメンバーになり、演劇ワークショップに参加するようになったのです。演劇活動を通して自分を表現する術を身につけたフーリアは、自分の中に眠っていた才能に気づくことができました。
それは、ハイスクールでの生活にも大きな変化をもたらしました。内気で、消極的だったフーリアでしたが、クラスでの発言が多くなり、リーダーシップを発揮する存在となりました。そして、成績も徐々に上向きになったのです。また、「フーリアは自分に自信を持つようになりました」と、ハイスクール三年生の担任教師は証言します。
ようやく落ち着いた生活を得た一家に悲しい出来事が起こりました。お母さんが腎臓の病気で亡くなってしまったのです。
「お母さんにもハイスクールを卒業する姿を見てもらいたかった」とフーリアは涙を流しました。母親もフーリアの卒業する姿を見たかったに違いありません。
「これからもきっと大丈夫」と、成長したフーリアは言います。
「今までも苦しいことや悲しいことを乗り越えてきたから」
内気で、消極的なフーリアは、スポンサーシップ・プログラムを通して、自分を信じて、積極性を発揮する少女へと変化を遂げていたのです。
遠くにいても、直接会うことができなくても、自分のことを気にかけ、支援してくれるスポンサーの存在は、
夢を追い続ける機会を子どもにもたらすことができます。
フィリピンで、ネパールで、スリランカで、フーリアのような多くの子どもたちが、あなたからのご支援を待っています。
今すぐ、スポンサーになって、貧しさに苦しむ子どもに夢を追い続ける機会をください。
スポンサーシップ・プログラムは月々4,000円(1日130円)のご寄付をいただき、日本の支援者が現地の子どものひとりを学校へ通えるよう支援するという一対一のつながりを大切にしていくプログラムです。
スポンサーの皆様はチャイルドとの手紙によって交流し、子どもの成長を見守っていくことで支援を実感することができます。



